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Zizou ! On T'aime ! ...mais...
フランスが決勝に進んだ瞬間から、この大会はジズーの大会になるはずだった。

「2006年のワールドカップ? あぁ、決勝戦はジダンの最後の試合だったよね」

フランスが勝っても負けても、こう言われたはずだった。


・・・確かにそうなった。それは確かだ。でも・・・。

Zizou ! On T'aime ! ...mais..., Pourquoi ?

Zizou

ジズーに対するフランス国民の支持は尋常ではない。

Zizou

忘れもしない、2000年。あのオランダベルギー共催のヨーロッパ選手権(Euro2000)。パリ駐在中だった僕は、7月2日決勝戦のその日。オランダの友達を訪ねた帰りだった。早くパリに戻らないと Euro2000 の決勝戦がテレビ観戦できなくなる。友達の家は決勝戦が正に行われるロッテルダム近郊。イタリア vs フランスという本命同士の決勝戦を観戦しようと人々が続々とロッテルダム駅に集まってくる中、流れに逆行するようにロッテルダムを後にした。ロッテルダムは異様な興奮状態だった。今考えれば、めったに出来ない経験だった。

遅れがちな SNCF にドキマギしながらも、決勝戦にのキックオフにはなんとか間に合って帰宅した。この試合が凄かった。イタリアが先制。そのままカテナチオを閉ざして逃げ切るかと思われたロスタイム。フランスが同点に追いつく。そして延長後半。トレゼゲのゴールデンゴールで劇的な幕を閉じる。W杯の優勝国が直後の欧州選手権を制した初めての瞬間だった。

フランスのチャンスのたびに。フランスにピンチが訪れるたびに。アパルトマンの周りの部屋からは、驚き・ため息・悲鳴。様々な悲喜こもごもが漏れ聞こえてきた。同点ゴールの瞬間。逆転ゴールの瞬間。それは地響きになった。みんな「ZIZOU!」を叫んでいた。

Zizou in Euro2000Euro2000 Winner France

1998年の日韓W杯の決勝戦で2ゴールを挙げたジダンは、すでにスーパースターだった。W杯優勝に貢献したジダンは、もちろん 1998年 W杯最優秀選手を獲得。しかも 1998年欧州最優秀選手(バロンドール Ballon d'or)と1998年 FIFA 最優秀選手を同時受賞。

2000年の Euro2000 優勝にも大きく貢献し、Euro2000最優秀選手賞を獲得。さらに再度 FIFA 最優秀選手賞を獲得した。

僕はジダンに魅了された。

でもその理由は、その賞の多さではない。マルセイユルーレットと呼ばれるクルクル回る華麗な足裁きでもない。あの笑顔。あの朴訥さ。あの謙虚さ。貧困と差別に立ち向かう正義感。主将としての勇敢さと統率力。

紛れもない多民族国家フランスのナショナルチームでは、白人はむしろマイノリティー。フランスの現状をそのまま縮小したような雑多な民族が同居するフランスナショナルチームをまとめるのは、あの卓越した技術と経験と、「サッカーしか出来ません」と言わんばかりの朴訥さが必要だったのだろう。ジダンが君臨していたナショナルチームは、本当にまとまりがあった。そんなジダンをフランス国民は熱狂的に支持した。白人も黒人もアフリカ系も関係なく。

ジズーは間違いなく英雄だった。

今考えれば、フランスがおかしくなった時期は、ジダンの存在感が衰え始めた頃と重なる。出口の見えない貧困。自由・平等・博愛の国にさえやはり厳然として存在する根深い(そして表に出ない)差別。その不満が暴動になって顕れた。その頃、ジダンは代表を引退。確かに力は衰えていた。ジズーはフランスそのものの求心力でもあったのかもしれない。

そんなジズーが戻ってきたのは2005年。W杯欧州予選突破に苦しむ母国フランスを救うために、再び立ち上がった。必ずしも飛びっきりのプレーをしたわけではないが、見事予選突破に導いた。フランスはまた一つになった。

今大会・2006年W杯ドイツ大会のジズーには、僕ですら、そんなに期待していなかった。1次リーグ突破も危ういと思っていた。美しい最後を飾って欲しい、それだけでいい。ジズーの最後の晴れ舞台。になるはずだった。

しかしあれよあれよという間にフランスは決勝進出。1998年や2000年のような往年の輝きはないものの、ジズーも今持っている力を存分に発揮した。フランスチームはさらに一つになった。

もしかしたらフランスは勝ちすぎたのかもしれない。勝つべきチームじゃなかったのかもしれない。間違って勝ってしまったのかも知れない。そのネジレが、今回の悲劇を生んだのだろうか・・・。

あと10分だった。何千分。何万分。何千万分。あなたは試合に出て来ただろう。あとたった10分であなたのサッカー人生に終わりを告げるホイッスルが鳴るはずだった。そのたった10分前。あなたに何が起こったのか。

Zidane oh lala...Zidane oh lala...

敬愛するジズー。今回の悲劇でも、僕のジズーに対する思いは変わらない。あなたは間違いなく僕らのヒーローだ。それは変わることのない思いだ。朴訥なあなたが、実は瞬間湯沸かし器のようにアツいやつだということも知っている。「やっぱりな」「あいつは元々そういうやつだ」という指摘があることも知っている。それでも、どうしてあの「残り10分」の中でそれをする必要があったのか。

あの事件の直前。あなたは微笑を浮かべていた。自分が珍しく言ったつまらないジョークに、自分で笑ってしまったのだろう。ユニホームを掴んだマテラッツィに「このユニホームがそんなに欲しいなら、後であげるからさ(プレー中は掴まないでくれよ)」というジョーク。ジョークで返して欲しかったその瞬間。マテラッツィから離れようとしたその瞬間。マテラッツィの言葉は、耳を疑うものだったのだろう。

報じられているように、母君のことだったのかもしれない。姉君のことだったのかもしれない。君自身がアルジェリア移民の子供だったことと関係があるのかもしれない。宗教のことだったのかもしれない。あなたがあんな悲劇を起こしてしまったほどのことだ。余程のことを言われたのだろう。それはそうだろう。

しかし、それをする必要があったのか。あの場所で。あのタイミングで。すべてのサッカー選手が、世界中のサッカーファンがあこがれるW杯の舞台で。しかも優勝を争う決勝戦で。しかもその試合が終わる10分前に。しかもあなたのサッカー人生で最後の試合で。あなたの輝かしい経歴に自分で幕を下ろそうとしているその瞬間に。

「きれいにキャリアを終えて欲しかった」などというきれいごとを言うつもりは毛頭ない。あそこで多少揉めたところでなんてことはない。ただ、あれだけはして欲しくなかった。レッドカードだけは受けて欲しくなかった。

あなたは試合後「試合を観戦していた子供たちに詫びを言う」と言ってくれた。あなたならそう言うだろう。もしその気持ちがあるならば、どうしてあそこでああなってしまったのか。

Zidane World cup 2006

話は戻って 2000年。フランス駐在を終え帰国しようとしていた僕は、大学時代の友人の子供へのお土産を考えていた。当時5歳か6歳のシュン君は、そんなに会ったことのない僕のことをよく覚えていてくれた。仲良くしてくれていた。だからフランスを感じてもらえるようなお土産を選んだ。電車好きの彼のために TGV の形をしたボールペン。そしてサッカーを好きになるかどうかは分からないけど、ジダンのレプリカユニフォームを。

6年後。今回の決勝戦の前日、その大学時代の友人からメールがあった。

> 彼は信じていました。フランスが決勝に進むことを。
> 決勝を迎えた今日、突如として「前にもらったジダンのシャツある?」
> とママに聞いたそうです。
> 形はどうあれ、ワールドクラスの意識付けをしてくれたことに、
> 感謝しています。

体が身震いするほどに感動した。実はユニフォームをシュン君に贈ったことすら、忘れていた。6年も前のことなのに、ユニフォームをもらったことを覚えていて、しかもそれがジダンのユニフォームだったことまで分かっているなんて。もちろんお父さんかお母さんの入れ知恵があったのかもしれない。でも、シュン君がジダンを見てくれていたことは間違いがない。

決勝直前、シュン君にメールを書いた。

> ジダンのユニフォームのことを覚えてくれていてありがとう。
> ジズーはとても勇敢で、優しく、やらなければいけないことを
> 黙々と成し遂げることから、フランスの人から愛されています。
> 今夜の決勝戦もきっと全力を尽くしてプレーしてくれると思います。
> シュン君も、口ばかりじゃない、みんなに信頼される、
> やるべきことをきちんとやる、ジズーのような人に
> なってください。

と。


・・・・


いつかシュン君が分かってくれる日が来るだろうか。何故ジズーがあんなことをしてしまったかを。一見裏切られたようにみえるジズーを、何故それでも僕が嫌いにならないかを。最初は「愚か者」呼ばわりだったフランス各紙の論調が「分かったよジズー」に変わったかを。


引退を覚悟して臨んだ一戦で孤軍奮闘もむなしく、試合終了後のピッチに一人動けなくなっていたのに、ほとんどチームメイトが集まってくれなかった選手もいる。

W杯の決勝という人類史上稀にみる最高の舞台で、衆人環視のもと、子供たちに説明が出来ないほどの見事な頭突きを食らわしたのに、「Zizou ! On T'aime ! (= Zizou we love you)」と言ってもらえる選手もいる。

まだ説明は出来ない。マテラッツィが何を言ったのかが具体的に明らかになったとしても、説明できる時は来ないだろう。僕の中でこの件を消化することは出来ないだろう。でもこれでジズーを嫌いになったりもしない。ジズーはジズーだから。


mais (but) ....

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【2006/07/14 01:10】 Blog | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
フランスに駐在していたことがあったのね。それならなおのことジダンへの思い入れはあるでしょうね。。。うちのこどもは頭突きを真似しちゃったけど(汗)、今日も「やっぱりジダンはかっこいいよね!」と言ってたよ。
【2006/07/14 23:50】 URL | ぽこ #-[ 編集] | page top↑
そうなんですー。あー。なんでこんなことしたんでしょうねー (哀)。
【2006/07/18 22:54】 URL | マサトシ #-[ 編集] | page top↑
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